インタビュー

身体の境界を超えるロマンティックな瞬間(1)

現代美術家・高田冬彦さん(2023.9.26掲載)




(本ウェブサイトでは、インタビューの前半のみ掲載しています。)


 高田冬彦さんの名を最初にどういうきっかけで知ったのかは、忘れてしまった。何かのおりに作品につながるリンクをたまたま踏んだのだと思うが、映像のインパクトにそれまでの記憶が飛んでいる。最初に見たのは《Dream Catcher》。塔の上の部屋のラプンツェルが、いつか王子さまが来てくれるという思いがつのってクルクル回るダンスが止められなくなり、その長い長い髪の毛で周辺の町を破壊してしまうという作品である(ようにわたしには見えた)。次に見たのは《新しい性器のためのエクササイズ》だったろうか。薄暗がりのなかでまばゆく漏れ出る光を脚の間に閉じ込めておこうとふんばる人、1枚のパンツに我先にと足を入れようと格闘する二人の人間。そして、足をほしがる人魚が陽の光を夢見ながら己の体を切り裂いていく《Cambrian Explosion》など…。不思議な世界観にひきこまれ、次々と作品を見たくなってしまう。

 高田冬彦さんは、1987年広島県生まれの映像作家/現代美術家で、現在は千葉で活動する。おとぎ話や神話、ナルシシズムや性的身体をテーマとする短編映像作品が制作の中心だ。作品の多くに自身が中心的な役柄で登場する。自宅兼アトリエの空間内で準備し、制作し、撮影した映像を多く使用してもいる。手作りの小道具や衣装で形作られるその映像世界は、体温と湿度をもつ人間の生身の存在感があふれている。近年の個展としては、2021年のWAITINGROOM(東京)での「LOVE PHANTOM 2」、および2019年の森美術館(東京)での「MAMスクリーン011:高田冬彦」などがある。2022年にはシドニーの”Storymakers in Contemporary Japanese Art”展に参加したほか、ロンドンのFringe! Queer Film & Arts Festにて作品が上映されるなど、国外でも注目されている。

 高田さんは必ずしも「汚穢」を直接のテーマとして制作を行なっているわけではない。しかしその作品にしばしば見られる、身体のままならなさや、秘めておきたいがこぼれ出てしまうもの、恥ずかしさや笑いなどは、汚穢の研究会やエッセイのなかで繰り返しあらわれてきたモチーフとつながっている。ものの手ざわりやノイズ、雑然とした生活感ある空間へのこだわりなども、この研究会でわたしたちが考えてきたことと共鳴しているように感じられた。作品制作の具体的な過程やその背景を本人にうかがってみることで、汚穢についても新しい視点がひらけてくるのではないか。そう考えて連絡をとったところ対応を快諾いただき、2022年12月、千葉のアトリエにてインタビューを行った。

(聞き手:酒井朋子)


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作品のアイディアはどのように浮かび、発展していくのか 

酒井:最初に《Cambrian Explosion》についてですが、わたしはあれはすごい作品だと思うんです。いろんな解釈ができて、でも解説したら終わりになってしまう。あやうさも持った作品だと思うんです。体が変わることへの欲望と恐怖を扱っていて、体を切り裂いていくときに血が噴き出る生なましさが迫ってくる。人魚だからできている描き方なのかなと。これに関して『Tokyo Art Beat』のインタビューで、元々怖い生き物だった人魚を、アンデルセンとかディズニーが綺麗で素敵な恋愛物語にして、それをもう1回自分が怪物に戻すんだみたいなことをおっしゃってましたよね。

【《Cambrian Explosion》(2016)。高田本人の演じる人魚姫が、ディズニー映画『リトル・マーメイド』の楽曲を歌いながら、自らのヒレを2つに切り裂く様子を捉えた、ミュージック・ビデオ風の映像作品。】

高田:そうですね。足を二股に切り裂くことで、美しい人魚のイメージをもう一度グロテスクな怪物に戻すんです。

酒井:ファミレスや喫茶店に毎日のように通ってアイディアを考えるということでしたが、この人魚姫も喫茶店で思い浮かんだモチーフなんでしょうか。

高田:それはどうだったかな。とにかく「人魚姫」の作品は以前からずっと作りたいって思っていたんですよ。他にも「眠れる森の美女」とか、「オズの魔法使い」とか、目をつけている御伽話は常に頭の中にあるんです。

酒井:じゃあ、そういうモチーフやお話の類型みたいなものがいくつかあって、たまたまフィットするアイデアを思いついた時に形になるっていう?

高田:そうですね。たとえば人魚作品について話すと、お話への関心とは別に、血が爆発的に吹き出すスプラッターのような画面を作りたいという欲が以前からあったのです。ある種の絵画的な欲望。それが、あるとき頭の中でヒレを切る人魚姫のイメージと組み合わさった。これは作品になるぞ、と。こういう風に、頭の中で、いくつかバラバラに作りたいものが存在していて、それが何かの拍子にカチャっと結びつく、という感じです。


像に登場するモノや道具がつくられていく過程は?

酒井:《Cambrian Explosion》の人魚の下半身は何でできているんですか?

高田:これはウレタンのスポンジで作ってます。その上に鱗みたいなのを貼っていきます。鱗はライオンボードといって、コスプレイヤーが甲冑とかを作るとき使う素材です。この鱗は作るのがすごく大変でした。色も細かく塗り分けないといけないし。

【《Cambrian Explosion》の人魚の下半身、制作途中】

【高田さんのアイデアノート。だいたい8ヶ月ほどで1冊が終わるという。

2022年12月時点では45冊目になっていた】

酒井:この人魚の下半身は、1回切っちゃったらもうダメなわけですよね。

高田:いや大丈夫です。マジックテープで張り合わせる仕組みになってるんです。便利でしょう。その頃のアイディアノートがあります。ご覧になりますか。

酒井:ああ、ぜひ見たいです!

高田:ここに作り方が書いてあります。

酒井:おー。この下半身を動かすために試行錯誤しているんでしょうか。

高田:そうです。ヒレ部分の内部に赤いビーズが詰めてあって、ナイフで切ると出てくるようになってるんです。

酒井:なるほど、えぐってビーズを入れるんだ。この、モノとの付き合いの手作り感は面白いですね。モノってそれぞれ特性を持っているわけですよね。こういう形に加工できる・できないという特性でもあるし、映した時にどういう見栄えがしてどういう効果があるかという特性でもある。

高田:そこは執拗に工夫しているタイプだと思います。例えばこの作品で特に工夫したのは、切り開いた後のヒレのフォームが、きれいにV字型になることです。自動的に反り返ってくれるよう工夫して作りましたね。

酒井:切れ目の深さや幅も試作品を何度か作って確かめていくんですね。V字に開いている必要があるのは、それが人魚姫のある種の解放だからなんでしょうか。

高田:はい。かたく閉じられていたものが開かれる、というモチーフに惹かれるんです。同時に、こういう二股で分かれてる人魚っているじゃないですか。

酒井:スターバックスとかの。

高田:ああいう中世の怪物みたいなイメージを喚起させたかったんです。

酒井:あ、ここに裏設定みたいなのが書いてありますね。お父さんは人間で、お母さんは魚。

高田:ほんとだ。全然書いた覚えがないです(笑) 


(後半は書籍でご覧ください)